Episode5 事前通知と進行年度の調査(1)
うーん、なんだか得心できませんわ・・・。
あ、みつ子女史、お帰りなさい。今津文具店さんの調査の立会、どうでした?
あら、雅之くん。いえ、調査自体は大きな問題も出てこなかったのですけど、一つ対応しながら腑に落ちないものがありまして。今津文具店さん、現金商売だからといって、本日時点での現金実査を求められたのですわ。
ゲンキンジッサ?なんですか、それは?
現金実査は、その字のごとく、現金の実物を監査することでしてよ。会計監査の場合、決算書が適正かどうか確認するためには欠かせない手続きといえますわね。実査日当日の現金の額を実際に確認したうえで、決算日の決算書上の現金残高との間の動きを確認し、整合性があるか確認することが目的となりますわ。
じゃあ今回の調査官も、その整合性を確認するために、その現金実査を求めてきたんじゃないんですか?
そんなことあなたに言われなくとも、分かっておりますわ!私が気持ち悪いのは、今回の税務調査、調査対象は事前通知で「直前期、2期前、3期前」の3期と言われたのに、現在の進行年度のことになる本日の現金残高を聞かれたことについて、答えなければならなかったのかということですわ。
確かに進行年度って、まだ終わってませんから確定申告もしてないですし、それについて質問されるのは変な気もしますね。進行年度って調査対象になるものなんですかね?
まあ、雅之くんに聞いても仕方ないとは思っていたけど・・・。それより、なで子・・・。あの税法マニアはどこにいったの?
なで子って・・・、撫子さんのことですか?さっき呼ばれて、所長の部屋に入っていきましたよ。また、先生のお説教か愚痴を聞かされているんじゃないですか?
そういわれたら、所長の部屋から声が聞こえてきますわね。もうあのロートルは、愚にもつかないくだらない話を延々とするのだから、たまりませんわ!おや、なで子さん、部屋から出てきたみたいね。
ああ、やっと解放された・・・。先生、ほんとに話が長いんだから・・・。まあ、これも給与のうちかな。「すまじきものは宮仕え」って、早く独立したい・・・。
あら、みつ子さんお帰りなさい。今津さんの調査はどうでした?
まあ大きな非違事項もなかったので、大過なく終わりそうですわ。その調査の内容で1件ひっかかってることがあるので、撫子さんのお知恵を拝借したくて・・・。
みつ子さん、税務調査の立ち会い、初めてでしたものね。何が気になったのですか?
調査の最中に、調査官から「金庫の中身と、現金残高を確認させて欲しい」って求められたのだけど、これって応じるべきだったのかしら?
電話で事前通知の際には、対象期間と税目を伝えられ、対象物件として総勘定元帳とかの帳簿とその作成の基となった原始記録、その他申告書の記載内容の確認のために必要な物件とか言われましたわ。しかし、進行年度は対象期間に入っていませんでしたし、現金実査も対象物件で通知された「申告書の記載内容の確認のために必要な物件」に該当する物なのかしら?
考え方としては、みつ子さんのいう進行年度は調査対象にならないというものもあるわ。法人税や所得税、消費税といった税金は申告納税方式を採用しているわね。ねえみつ子さん、法人税や所得税、消費税の納税義務は、いつ発生しているか知ってる?
なで子さん、私のことをあまり馬鹿にしないでくれるかしら・・・。申告納税制度なのですから、確定申告書で納税者が計算した税額を申告したときでしてよ!
ぶっぶー、残念でした。納税義務の成立時期は、国税通則法の15条に規定されているわ。所得税や法人税は、計算期間である暦年や事業年度終了の時。消費税は資産の譲渡等を行う、一回一回のその時とされているわ。
はあっ?それじゃ、確定申告をする意味っていったいどういう意味でして?
確定申告というのは、申告納税方式の税金について、納付すべき税額を確定させる手続きになるわね。
撫子さん、あなたのおっしゃっている意味が、よく分からないのですけど・・・。
みつ子さん、民法でいうところの「観念の通知」という考え方は知ってます?
し、知ってますわ!そんなことぐらい・・・。
民法上契約とか遺言とか、それを行うことにより権利・義務など法律効果を生じる行為を「法律行為」という。一方、法律行為に似ているけど、法律効果を生じないものとして「準法律行為」というものがある。そしてこの準法律行為のなかに、「観念の通知」という行為があるわ・・。
観念の通知というのは、既に法律行為によって確定した法律効果を、誰かに伝えるだけの行為をいうの。だから通知を行っても、もともと存在していた法律効果にはなんら影響を与えないわけね。
きーっ!まどころっこしいですわね!それと確定申告や納税義務が、一体どういった関係にあるのですの?
あわてない、あわてない・・・。たとえば所得税の場合、納税義務は暦年終了時、つまり12月31日に確定するわけね。これは何があっても変わらない・・・。だけど納税義務があるだけでは、いったいいくらの税金を払わなければならないという、納税義務の内容までは分からないわね。
だから申告納税方式の税金の場合、すでに確定した納税義務がいくらなのかを自分で計算して、それを税務署に確定申告により通知して、納付すべき税額を確定する。この確定申告という行為が、観念の通知という準法律行為に該当するわけね。
なるほど、納税義務が成立したあとに、納税者が自分で税金を計算して税額を確定させ、確定申告を行って税務署に通知するわけですわね。この流れは分かりましたけど、私たち、もともと何の話をしていたのでして?
進行年度は、事前通知で調査対象年度とされていないので、調査対象にならないではということでしょ・・・。
そうでしたわ、この私としたことがついうっかり・・・。それで納税義務や確定申告と、いったいどういう関係にあるのでして?