撫子さんと学ぶ会計事務所の仕事

会計事務所的よもやま話あれこれ

Episode4 運転資金ってどんな資金?

masayuki5

撫子さん。さっき行ってきた安住工務店さんで、「雅之くんのところみたいな会計事務所は、運転資金が要らないからいいよねえ・・・」って言われたんですよ。うちの事務所だって、ぼくたちの給与は要りますし、家賃とかも払う必要がありますよね。こういった給与とか家賃みたいな経費のための資金は、運転資金にならないんですか?

nadeshiko5給与や家賃みたいな販管費、つまり会社のランニングコストの支払い資金も、広い意味では運転資金よ。だけど安住さんが言っていた運転資金というのは、収入と支出のタイムラグをつなぐための資金のことを言っているのね。

 

masayukiquestion

んん・・・?よく分かりません・・・。

 

 

nadeshiko5安住さんのところみたいな建設業や、製品を作って売る製造業の場合、商売の流れはどうなってる?

 

masayuki8

うーん、安住さんのところは、工事の注文があると、材料を仕入れて、下請けの職人さんに外注費を支払って、建物を建てていきますよね。それで数ヶ月後建物が完成したら、引き渡して売上をあげて一件落着という流れです。

 

nadeshiko5

お金の流れはどうなっているかしら?

 

 

masayuki8えーっと、まず材料を仕入れたり、職人さんに外注したりすると、発注した月の月末に締めて、翌月末に代金を支払ってますね。

 

masayuki5

一方代金をもらう方は、数ヶ月後に建物が完成したら、注文主さんの確認を受けてから請求書を発行して、その翌月末に入金になってると思います。

 

nadeshiko6

ということは安住工務店さんは、建物の完成してから代金が入金されるまでの数ヶ月、毎月仕入れや外注代金を支払い続けて、最後に売上代金を受け取って帳尻が合う訳ね。

 

masayuki6うーん・・・、そうか、わかりました!撫子さん、つまりこういうことですね!

 

 

untenshikin1

masayuki5

工事を始めて2か月目から毎月支払いは発生するけど、入金がある6か月目まで4か月間、お金は自分で工面しないとダメなんですよね。その入金と支払の時間差の間、工面しなければならないお金のことを、安住さん「運転資金」って言ってたんですね。

nadeshiko6

その通りよ。特に建設業の場合は、入金までの期間がかなり長いから、運転資金の工面も一苦労よ。だから普通は、銀行から入金までの期間お金を借りてしのぐことになる・・・。これが運転資金の借り入れになるわけ。安住工務店さんが、うちの事務所のことをうらやましいと言ったのは、運転資金の借入とかで頭を悩ませることがないからでしょうね。

masayuki5

うちの事務所の給与や家賃は毎月固定で発生するし、毎月の売上から支払わないとダメですから、資金のつなぎとか考える必要はないですね。逆に毎月の給与や家賃の資金に困るのであれば、それは売上が不足しているってことですから、運転資金以前の問題ですね。

nadeshiko6  そういうこと。ちなみにこういう売上が不足した場合に必要となる資金のことは、「赤字資金」とも言ったりするわね。

 

mitsukotakawarai

オーホッホ!雅之くんは運転資金のことも知らなかったのですの!でも安住工務店さんは受注建築がほとんどで、見込みで建てるってことがないからまだましですわね。

 

masayukiamazing

うわっ、みつ子女史!いつの間に背後に・・・。でもみつ子さん、受注で建てるのと、見込みで建てるのってどう違うのですか?

 

mitsukotsuujou

受注で建築を請け負う場合、販売できるのは100%確実ですし、入金時期も分かっているので、運転資金の見込みも立てやすいのですわ。一方大手デベロッパーなどが分譲マンションなどを建てて販売する場合、販売や入金時期は全く見込みになってしまうので、見込みの予測を誤ってしまうと後が大変なことになってしまうのですわ。

masayuki5

ふむふむ・・・。

 

 

mitsukotsuujou

ずっと売れない不良マンションを、銀行から運転資金を借りて建ててしまうと、元本は返済できず、金利だけ延々払い続けることになってしまうのですわ。だから資金繰りは、いっぱいいっぱいになってしまうのですわ。私が以前監査法人で上場デベロッパーの監査をしていたときも、そんな甘い見込みで建ててしまった不良在庫なマンションをいっぱい持っていたことがありましたわね。

mitsukokaishin

それで会計士である私が先方の経理部長に、「なぜ、こんな甘い計画を進めたのですか?減損よ、減損っ!」とぴしっと言ってやったのですわ。そうしたところその経理部長、私の一言で真っ青になってしまって・・・。上場企業の役員が、私の言葉の前に跪く・・・。あぁ、もうカ・イ・カ・ンって感じ・・・。

nadeshiko7

みつ子さん、ちょっと別の世界に行ってしまったわね・・・。でもみつ子女史のいうように、在庫管理がうまくできずに不良在庫が増えてしまうと、必要な運転資金も増えてしまうのよ。

 

masayuki5

在庫が増えると資金繰りを圧迫する。だから在庫は圧縮するようにしましょう。ということはよく聞くのですけど、なんで在庫が増えると、資金繰りに悪影響を与えるのか、いまいちよく分からないのですよね・・・。

 

nadeshiko5

最初に安住さんの商売の流れで確認したように、会社のお金の動きは、まず仕入れを行うことにより、現金が商品や材料などの在庫に化ける。製造業や建設業の場合、その材料を使って製品や建物を生産する。

 

nadeshiko5

そのあと商品や製品などを販売することにより、在庫が売掛金などの売上債権に化ける。そして売上債権を回収することによって、最初に使った現金に利益が上乗せされて、再び現金になって戻ってくるわね。

 

masayuki5

財務諸表論で習う、「企業資本運動」とか「資本の循環」というものですね。

 

 

nadeshiko6

そう。現金が、在庫に化けて、その後売上債権に化けて、その後やっと現金になって帰ってくるまでの間、手元に現金はないことになるわね。だから会社は商売をするのであれば、この現金となって再び帰ってくるまでの間の期間を乗り切ることができるだけの、商品仕入れや製品生産に必要な資金をあらかじめ用意しておかなければならない・・・。

masayuki6

わかります!

 

 

nadeshiko5一方で商品や材料の購入代金や、製品生産に必要な外注代金も、普通はすぐに支払わないわよね?

 

masayuki5そうですね。通常は翌月とか3か月後の支払いという約束で、支払うまでの間は買掛金とか支払手形といった仕入債務になってますね。

 

nadeshiko6

その通り。こういった仕入債務に必要な資金は、実際支払いが必要となる時までは用意する必要がない。だから、この仕入債務に相当する金額は、さっき説明したあらかじめ用意しておくべき必要な資金からは差し引いて考えることができる・・・。

masayuki8

理屈としてはそうですね。

 

 

nadeshiko1だから会社として用意すべき資金は、「売上債権+在庫―仕入債務」に相当する金額になるわね。図にすると次のような感じよ。

 

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masayuki6

ああ、こういう風にB/S風に図示されると分かりやすいですね。現金となって戻ってくるまでの間、売上債権と在庫の合計額を資金として準備しないとダメだけど、仕入債務は支払を先延ばしにできるから、実際に準備するお金はその差額になるというわけですね。

masayuki5

在庫が増えてしまうと、その分準備する資金が増えてしまうから、在庫はできる限り圧縮した方がいいんですね。ということは撫子さん!売上債権を圧縮しても必要な資金は少なくなりますね。逆に仕入債務は増やした方が資金繰りはよくなるのかな?

nadeshiko6

そう、その通り。雅之くんは自分の言葉で噛み砕いて理解してくれるから、教え甲斐があるわ。売上債権を減らす。つまり入金までの期間を短くしたり、入金遅れを極力なくすことで、資金繰りは好転する。また仕入れ債務も支払いまでの期間を延ばすことで、資金繰りは良くなるわ。仕入れ先は怒るだろうけど・・・。

nadeshiko5この運転資金は商売を続ける限りずっと必要となるから、「経常運転資金」とも言ったりする。この資金を自前で準備できればベストだけど、それだと小さな商売しかできないから、銀行から経常運転資金を借りることも多いわね。

 

masayuki6

いわゆる「レバレッジをかける」というものですね。銀行のお金で、梃子のように、自分の資金力以上の商売を行って、利益を膨らませるのですね。

 

nadeshiko6

雅之くん、理解が早い!その通りよ。ちなみにこの経常運転資金は、いったん必要となったら、商売を続けていく限りずっと必要となる。だから経常運転資金を借入でまかなうようになったら、通常商売を縮小などしない限り、延々と借入を続けなければならなくなるわ。

nadeshiko1商売を拡大するためには借入でレバレッジをかけることも大事だけど、同時に会社の首根っこを銀行に握られてしまう覚悟も必要となるわ。もし銀行が経常運転資金を貸してくれなくなったり、貸し剥がしされてしまうと、資金繰りができなくなって、会社はジ・エンドということになってしまうわね。

masayuki7

そうか・・・、運転資金は常に同程度の金額が必要となってくるから、返済が進んで残高が減ってきたら、返済してきた金額をまた折り返しで銀行に足してもらわないとダメなんですよね。なんだか一度運転資金を借りたら、ずっと銀行に縛り付けられるような感じになるのかなあ・・・。

nadeshiko6理想は商売で出した利益を自己の資金に回して、運転資金のうち銀行に依存する部分を少なくすることだけど、自己資金だけで商売をやっていこうと思うと、なかなか商売を大きくできないことになってしまうから・・・。ほとんどの場合、一度運転資金を借りてしまうと、ずっと借り続けることになるケースの方が多いような気がするわ。

nadeshiko1

うちの事務所の顧問先でも、借入せずに自分の資金の範囲内だけで商売を回そうという人もいるわね。借入で商売を一気に大きくするか、手堅く自己資金でコツコツやっていくか・・・。どちらにするかは経営者の考え方だし、どっちがいいということもないわね。

masayuki5

商売を大きくしようと思ったら、その際には在庫も売上債権の金額も増えて運転資金の金額も増えるから、それを自己資金だけでまかなおうとすると、大きくできる範囲も限られてきますよね。

 

nadeshiko6

そう、いいとこに気づいたわね。商売が大きくなると、必要な運転資金も大きくなるので、入金までの間一時的に資金繰りが厳しくなる。こんな大きくなる運転資金のことを「増加運転資金」というわ。図にしてみると、次のような感じよ。

 

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masayuki6

売上債権、在庫、仕入債務のいずれも大きくなるから、運転資金の必要額も相対的に大きくなるんですね。

 

nadeshiko6

そう、その通り。ちなみにこの増加運転資金をまかなえないと、資金繰りはストップしてしまうから、会社は倒産してしまう。売上は増えてP/Lが黒字で絶好調なのに、運転資金の目途がつかずに倒産してしまうので、「黒字倒産」なんていわれるわね。

masayuki5

売上が増えたせいで倒産というのも、理不尽ですね・・・。損益も大事だけど、それ以上に資金繰りのことを意識しておかないとダメということですね。

 

nadeshiko1

そうよ。だから資金の状況はそれほど余裕がないのに、売上が急に上がるような顧問先があったら、早めに銀行に増加運転資金の借り入れについて相談に行くようアドバイスをすることが大事になってくるわね。

 

masayuki6はい、わかりました。

 

 

nadeshiko6

あと、私たちのような会計事務所以外でも、あんまり運転資金を意識する必要がない業種というものがあるわ。

 

masayuki8

運転資金が要らないということは、「売上債権+在庫<仕入債務」になるような業種ということですよね。どういうものがあるのかな・・・。

 

mitsukoikari

ちょっとお二方。私の監査法人時代の素晴らしい手柄話、聞いておられたの?で、運転資金が要らない業種なんて、そのものズバリの業種があることじゃなくって・・・。現金商売の業種がそれでしてよ!

 

masayukiamazing

わっ、みつ子さん。いつの間に妄想世界から帰還してきたんですか・・・。でも確かにスーパーマーケットとかはそうですよね。売上債権はなくって、在庫だけしかないし。一方で仕入れは掛けで支払うんだったら、次の図のようになるんですね。運転資金は要らないや。

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mitsukotakawarai

その通りですわ。雅之くんにしては、理解が早くて上出来ですこと。私が監査法人で監査していた某上場スーパーマーケットなんて、現金商売の上に、仕入先には支払期間を延ばすよう、圧力をガンガンかけておりましたわ。もうどれだけサディスティックなのって、この私も目を丸くしておりましてよ!

masayuki7みつ子女史がサディスティックと思うのだったら、相当えげつないことをしていたのでしょうね・・・。撫子さん、他に運転資金が要らないような業種ってあるんですか?

 

nadeshiko5

あとは売上を前払いでもらえるような業種ね。たとえば私たちが受験時代に通った簿記の専門学校や英会話教室とは、先に授業料をもらって、後から講師の給与や家賃を払うのだから、これも資金繰りを考えなくてもいい業種ということになるわね。

masayuki5

逆に先にお金をもらってしまうので、勢いあまって資金を使い果たしてしまわないように注意しなければならないかもしれませんね。

 

nadeshiko6

そうね。専門学校の場合、生徒をどれだけ集められるかが生命線だから・・・。授業料をもらう前に、広告宣伝などをガンガン打たないとダメだし、意外と資金繰りを考える必要があるのかもね。